活動制限令下のロヒンギャ難民の人たち
Selayang Wholesail Market周辺が完全封鎖地域に指定された。この地域に住むロヒンギャ難民15,000人に対し食料供給がまだされていないそうだ。
Free Malaysia Today紙によると、コロナウィルス感染拡大を防ぐため、Selayang Wholesail Market周辺地域が完全封鎖された。
当然、完全封鎖されると、政府の責任において食料配給がおこなわれるが、この地域に住む約15,000人のロヒンギャ難民は対象に入っていない。
外国人の場合、通常であれば、各大使館が責任を負うが、ロヒンギャ難民は、ミャンマーでそもそも国籍を認められていないほか、バングラデッシュでも難民としか扱かわれていない。
日常、彼らを働かしている使用主や、NGO組織もいまのところ手を挙げたものはいないそうだ。
一方、他の地域で働いているバングラデッシュ、ネパール、インド、パキスタン等からの外国人労総者に対しては雇用主や寄付により、最低限の食料、日用品は供給されているとのこと。
ロヒンギャ難民について
名前は、ニュース等を通じてこれまでも耳にしてきたが、これまで身近な問題として考えたことがなかった。マレーシアに来てはじめて、今回の問題を通して、身近な問題として存在することに気づいた。
ロヒンギャ難民でイメージするのは、ミャンマーの仏教徒とイスラム教徒であるロヒンギャ族との宗教上の対立で、また、ミャンマー国内の少数民族と多数派民族との争いでもあると思っていた。
そこで、思いつくのが、英国植民地時代に根本的な問題があったのではないかと。およそ、英国が植民道支配して地域は、パレスチナ問題、インド、パキスタン問題など今でも深い対立が続いている。
調べてみると、やはり、19世紀の終わりごろ、英国植民地下のインド帝国がビルマ南部に進出したときに、ビルマ統治のためにビルマ人とロヒンギャ族を分断、対立させたようだ。
ビルマ独立直後は、ロヒンギャ族の保護の動きもあったようだが、1962年ミャンマーに軍事政権が誕生して以来、ロヒンギャ族への抑圧が始まった。1982年には改正国籍法により、ロヒンギャ族の国籍はいっさいはく奪され、多くの難民が発生したらしい。
現在、ミャンマー国内に推定100万人、バングラディッシュに約70万人の難民、世界中では約200万人ロヒンギャ族がいるとのことだ。
ミャンマー現政権もロヒンギャ族に対する圧力を強化
もともと、ロヒンギャ族は、当時のビルマ軍事政権に対立する、アウンサンスーチーさんを支援していたはずだ。ところが、現政権もロヒンギャ族への抑圧を強化している。
ミャンマーの国内事情についてはよくわからないが、民主化のとりでとして登場したアウンサンスーチーさん、争いを好まない仏教徒が多数派である穏やかな国民性であるミャンマーでなぜこの問題が解決しないのかと単純に思う。
ミャンマー国内には、外部からはわからない民族間の対立の深いわだかまりが残っているのだろう。
パレスチナ難民もそうだが、国籍をもたない民族が存在するというこの現実、自分たちを保護してくれる国家が存在しないという民族はどんなに不幸なことか。
難民として命からがらたどりついても、新天地で日々の生活を支える肉体労働に従事することしかできない。
子供たちの、教育も保証されていない。子供たちも将来に対して何の希望も持てない。
今回のコロナ騒ぎでも最初に犠牲となるるのは彼らだ。
少なくとも、こういった人たちが身近にいることは、忘れてはいけないと強く思う。